NHK大河ドラマ「龍馬伝」で幕末ファンになられた方も多いのではないでしょうか。阪神間は龍馬を始め、幕末を彩る人たちが沢山往来します。今回は、司馬遼太郎作品に出てくる坂本龍馬と高杉晋作を中心に、西宮と関連しながら当時を振り返ってみる
ことにしました。

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世に棲む日々


「風伯」より抜粋
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 船が西宮に近づくにつれ、晋作はおもったが、いまさら町人の風体に変われば他の船客が怪しむだろう。
(…中略…)
 晋作は、ぶじ切り抜けた。関所から百歩ばかりゆくと、右手に札場がある。幕府の御札場であり、高札がたかだかとかかげられている。「長州人をかくまうべからず」という意味のことが、書かれていた。
(…中略…)
「おうの、この姿ではまずい。古着を一揃え、買ってこい」と、ちょうど古手屋のそばを通ったときいった。町人の古着を買え、といった。



◆ …これは高杉晋作が浜町にあった幕府の関所を通り、札場筋を
経て西宮神社付近にあった古着屋に向ったときの話だそうです。
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◎ 旧西宮港があった付近(浜町)



竜馬がゆく)


「横笛丸」より抜粋

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 西宮に入ったのは、二時間後である。宿場に入って馬に水を飼った。「お台場の土運び むこうで飯食うて二百と五十 おありがた、おありがた」という俗謡をうたって土工の群れがゆく。竜馬は彼らが西宮海岸の幕府砲台の建設にやとわれていることを知っていた。勝海舟の設計による台場で、文久三年以来かれこれ五年もかかっているから、そろそろ完工も近いはずであった。
(…中略…)
 西宮の宿を通るとき、竜馬はいつもあの元治元年の蛤御門ノ変のころを思い出すのである。暗い、陰惨な記憶だった。京で破れた長州勢や土佐浪士軍が山崎街道(西国街道)を経てこの西宮まで落ちてきた。西宮から海路長州へのがれるためであった。

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◎ 旧西宮宿があった赤門前と西国街道(本町)




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 この資料を提供してくださったのは西宮市産所町に住む山本實さん。地域の歴史を次世代に伝えようと「浜脇古老の会」を主宰し、自分たちが体験し見聞きしたまちの話を書籍として残す活動をしています。この年表も西宮市史と合わ
せて作られました。「司馬遼太郎氏は摂津の生き字引と言われた西宮神社の故・吉井良秀翁が書かれた『老ひの思い出』を参考にされています。西宮中央図書館にありますが、西宮第一級の歴史書ではないか」と話しています。
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